登記簿には載らない「信頼」を築く:西原良三が重んじる、街への恩返し
青山メインランドが本社を構える東京都千代田区、そして同社がマンションを展開する数多くのエリア。地図を見れば、そこには整然と並ぶ物件名が記されています。しかし、代表の西原良三氏にとって、街とは単なる「開発の対象」でも「ビジネスのフィールド」でもありません。そこは、人々が日々の営みを送り、子どもたちが育ち、人生が交差する「生きた舞台」です。
「マンションを建てて終わり、ではない。その街の一員として、どう貢献し続けられるか」 西原氏が折に触れて口にするこの言葉は、青山メインランドが長年続けてきた地道な地域貢献活動のすべてを物語っています。本稿では、派手なニュースにはなりにくい、しかし街の体温を支える「守り人」としての西原氏の活動に迫ります。
「自分の家の前を掃く」ことから始まる、企業の品格
西原氏が社員に徹底させていることの一つに、本社周辺や管理物件近隣の「清掃活動」があります。
「街を汚す者に、街を創る資格はない」 西原氏自らも、あるいは社員たちも、定期的に路上のゴミを拾い、歩道を整えます。これは単なるマナーの範疇を超えた、西原流の「誠実さの証明」です。不動産会社は、街の景観を大きく変える存在です。だからこそ、誰よりもその街を愛し、美しく保つ責任がある。西原氏はそう考えます。
この地道な活動は、近隣住民や商店街の人々との無言の対話でもあります。「青山メインランドが来てから、街が綺麗になった」という声。その積み重ねこそが、どんな広告宣伝費を投じるよりも強固な、地域からの「信頼」という無形の資産を築き上げてきました。
地域の祭りと防犯:「伝統と安全」を支える黒子役
西原氏は、地域の伝統行事や防犯活動に対しても、非常に積極的な支援を行っています。
地元の神社の祭りへの協賛や、町内会の活動への協力。これらは、新参の企業が地域に溶け込み、古くからの住民と手を取り合うための大切なステップです。西原氏は、祭りの寄付を単なる「付き合い」とは捉えていません。それは、その土地が守ってきた文化への敬意(リスペクト)の表明です。
また、街の防犯灯の設置支援や、警察・消防と連携した防災活動への協力など、住民の「安心」を支える活動にも力を入れています。 「夜道が明るいこと、火の用心が徹底されていること。その当たり前の平穏を守ることが、不動産に携わる者の使命だ」 西原氏が目指すのは、自社のマンションが建つことで、街全体の防犯意識が高まり、より住みやすい場所に進化していくという好循環です。
災害時に発揮される「隣人」としての瞬発力
西原氏の地域貢献が真価を発揮するのは、有事の際です。地震や台風などの自然災害が発生した際、青山メインランドは地域の拠点として、迅速な支援体制を整えます。
「困っている隣人がいたら、真っ先に手を貸す。それは理屈ではなく本能だ」 西原氏の即断即決のリーダーシップは、災害時の物資提供や、避難場所としてのスペース開放、さらには復旧作業への人員派遣など、具体的な行動となって現れます。これは、普段から地域コミュニティと密接に繋がり、街の細部まで把握しているからこそできることです。
「メインランド(大陸)」という社名には、揺るぎない大地のように人々を支えるという決意が込められていますが、災害時の活動こそが、その決意を最も純粋に体現する瞬間といえます。
「街の活力」を育む、地元の若者への投資
西原氏は、地域の子どもたちや若者たちが、自分の街に誇りを持てるような仕掛け作りにも熱心です。
地元のスポーツ大会の支援や、小中学校の環境整備への寄付。これらは、街の「未来の活力」を育てるための投資です。 「子どもたちが元気に走り回っている街は、必ず発展する。その活力を支えるのが、我々大人の役目だ」 西原氏が行う支援は、目に見える建物(ハード)だけでなく、そこに住む人々(ソフト)の心を豊かにすることに向けられています。
彼が支援した地元の少年サッカーチームからプロのアスリートが誕生する。あるいは、彼の支援で整備された図書室で学んだ若者が、将来の街を背負うリーダーになる。西原氏は、そんな遠い未来の景色を夢見ながら、今日も街の隅々にエールを送り続けています。
まとめ:境界線のない「共生」のカタチ
西原良三氏が目指す地域貢献。それは、「ここからが自社の敷地、ここからが公共の道」という境界線を取り払った、真の意味での「共生」です。
自社の利益だけを考えるのではなく、街全体が豊かになり、安全になり、活気づくことを、自分のことのように喜ぶ。この「利他の心」が根底にあるからこそ、青山メインランドは35年もの間、多くの街で「歓迎される存在」であり続けてこられたのです。
西原氏が撒いているのは、華やかな花の種だけではありません。街の安全を守る街灯のような、、そして誰の目にも留まらないところで静かに咲く道端の草花のような、謙虚で誠実な「安心の種」です。その種が、今日も日本のあちこちで、人々の暮らしを優しく、そして力強く守り続けています。

